
北限広げた「山ブドウ」
2021年05月04日
日本最北のワイナリーとして知られる名寄市の「森臥(しんが)」。竹部裕二社長(48)は「山ブドウの血が入った品種がなければ、ここで赤ワインを造ることはできなかった」と打ち明けた。
■氷点下30度に
埼玉県生まれで北大出身の元エンジニア、竹部さんは2006年、名寄出身の妻麻理さん(53)と本業の稲作に加え、ワイン用ブドウの栽培を始めた。ツバイゲルト・レーベやケルナーなど道央でも栽培されている欧州系の品種を作ってみたが、氷点下30度にもなる寒さが原因で病気にかかり、幼木を引き抜くしかなかった。
11年の再挑戦で竹部さんが選んだのは国内外の山ブドウを交配した「小公子」。山ブドウ系品種は寒さに強いのが特徴だ。「道北にも自生する山ブドウが入った品種ならば」。霜よけのため、5~6月でも寒い日にかがり火をたくなどの苦労はあるが、順調に生育し、19年には念願の酒造免許を取得した。
■池田町も開発
道産の山ブドウ系品種として生産量が増えているのが「山幸(やまさち)」だ。現存する道内最古のワイナリーを営む十勝管内池田町が、従来品種の「清見(きよみ)」に町内の山ブドウの花粉を交配して耐寒性を強化、06年に農林水産省に品種登録された。冬場の枯死対策の省力化や、ブドウの生育に重要な積算気温が少ない町内の気候に対応する狙いだった。
池田町は10年以降、町内の農家や地域振興に役立てようとする自治体などに出していた山幸の苗木の供給先を徐々に拡大。「冷涼な気候で欧州系品種の安定栽培は難しい」と感じていた道内の農家が関心を持ち栽培を始めた。
道内生産者の間では「オホーツクや道北など夏が涼しすぎたり寒さが厳しい地域ではワインは造れない」と言われてきたが、19~20年に北見市や十勝管内芽室町などで計4軒のワイナリーが誕生。釧路管内弟子屈町や日高管内新冠町などにも栽培地が広がっている。
道産ワインの北限を広げる試みにも一役買っている。名寄からさらに北へ約90キロの宗谷管内中頓別町では、試験的に植えた山幸から昨年初めて1・2キロのブドウを収穫。糖度もワインに不可欠な20度を超えた。小林生吉町長(61)は「大きな一歩だ。町民の理解を得ながら地域活性化策に育てていきたい」と語る。
■特徴生かせば
山幸は昨年11月、道産のワイン用ブドウとしては初めて、国際ブドウ・ワイン機構(OIV、パリ)に品種登録され、欧州連合(EU)各国への輸出用ラベルに品種名を表記できるようになった。国内では3例目で、道産品種が世界で評価されるための素地はできつつある。池田町は少量ながらオーストラリアへの輸出を開始。欧州向けの具体策づくりにも乗り出す。
ただ、山幸は道内の農家らが「本当においしい醸造方法は確立されていない」と口をそろえる難攻不落の品種でもある。山ブドウ系に特有の強い酸味と苦味は短所にもなり得るからだ。品種登録からまだ15年で味のバランスや熟成のさせ方など研究の余地はある。
池田町出身で世界の事情に詳しい東京のワインコンサルタント田辺由美さん(68)は「山幸の味の特徴を生かし、最高傑作と呼べるワインを造ることができれば、独自の存在感を持つ類のないワインとなり、北海道に世界の注目が集まる」と期待を寄せる。
(提供:北海道新聞)